2013/06/10

3/5 リスクマネジメント

相良勇(さがらいさむ)さん
東京都目黒区・社会福祉法人愛隣会 特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)駒場苑

※本文は個人情報保護の観点から事実と異なる箇所があります。

リスクマネジメント

 足腰はそこそこしっかりしているけど、認知症もあり精神的不安感から落ち着きがなく転倒の可能性が高い木村さん(98歳)。

 彼を車いすなどに縛らないで済むように、自分なりに考えた対策は大きく分けると次の三つ。(1)機能向上と(2)転倒防止、(3)事故時の軽減策でした。

 (1)の機能向上については、それまで歩ける方なのに転倒が心配だからという理由で(自由に歩いてもらうのではなく)車イスに乗ってもらい職員が介助する対応にしていました。

 しかし、歩かないでいると、ますます足腰は弱って歩けなくなりますので、職員による付き添い介助で積極的に歩く機会を増やし、歩く能力を向上してもらいます。

 次に(ベッドから起き上がった後の移動時の転倒が目立っていたので)(2)の転ばないようにベッドの周りの手すりの位置やポータブルトイレの位置を工夫し、本人が危なげなく、それらの間の移動ができる策を考えました。

 移動する空間に(手すり代わりに)ソファやタンスを配置し、つかまったり休めるようにします。トイレや食事の席など本人がいつも歩いて移動する動線上にも手すりやソファなどを配置します。

 さらに、(3)の事故の軽減策として、例え転んでしまったとしても大けがに至らないようにベッドの周辺などにカーペットを敷いたりクッション性のモノなどを配置しました。

 転んだ時には足の付け根付近(大腿骨付近)を骨折する方が大半なので、そこを保護する保護剤の入ったパンツを着用してもらう、などです。

ご家族との話し合い

 それでも、最終的に現場で対応できない問題が残りました。一つは夜間時の対応です。夜間は職員が一つの階に一人しかいないので、他の誰かの対応に追われている間に事故などが起こりそうな時、手が足りません。

 ですから、その時は他の階の夜勤者に応援を頼んでいくという結論を得ました。

 それと日中も他の対応などでどうしても、手が足らずご本人の事故のリスクが高まる時が出てくることもありえます。

 そのときは、一時的に事務員等、介護職以外の関連職種にも声を掛けて協力してもらう。そのような事故対策つまりリスクマネジメントを行ってゆきました 

 そして、後日、ご家族と話し合いの場を持つことに。「施設として(先に挙げた)対応策は採りますが、それでも、転んでしまい事故になってしまう可能性はゼロではありません。

 それでも、私達はご本人さまを縛り付けたり、ご本人の自由を奪ってしまう対応をやりたくないと考えています。」と話しました。ご家族も「縛らない対応を取ってほしい」と。

 それで、ようやく施設とご家族、そしてご本人の着地点が見いだせました。

介護職員の不安

 それでも、すぐには私達は対応を変更できませんでした。なぜか。それは、先にもいった通り、現場の「介護職員の不安」でした。「それでも、本当に転んでしまったら責任をどうするのか」と言う職員が少なからずいたのです。

 無理もありません。これまで現場は現場なりに一生懸命、考えた末の対応を取っていたのですから。しかも、これまで「転ばないように」とご本人の安全を第一に考えていた価値観が「転んでもいい」と逆転するわけですから。

 もちろん、私の中にも不安がなかったかというとウソになります。完璧といえる自信はありませんでした。でも、介護って、やってみないと分からないことがあるんです。転倒しないことだけ・安全だけを優先するならお年寄りをベッドに縛り付けておけばいいことになります。

 それは簡単なことですが、そこに介護福祉の専門性はありません。80年、90年と生きてこられた方の最期の時間がそのような形になるのも幸せとも思えません。

 ですから、私は職員が不安を訴える度に、職員にマンツーマンで説明するしかありませんでした。「ご家族の了解を得ていますから」と。

 そして、その後、拘束されない生活を送っていただけるようになりました。ご家族にも喜んでいただき、やってよかったと思えました。

 しかし、その後、実際に転んでしまい手の指を骨折されてしまいました。それでも大事に至らず気ままに歩いたり、自由を奪われない生活を継続できるようになられました。
インタビューメニュー
1/5
生活に根差した仕事がしたかった
感情失禁の目立ったのヤマさん
2/5
排せつの意味
安全確保か自由か
3/5
リスクマネジメント
介護職員の不安
4/5
今日一日を楽しく過ごしてほしい
ご家族の重要性
5/5
介護現場での医療の専門性について

インタビュー後記


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